小椋久太郎(1906~1998)

木地山系こけしの名工である「小椋久太郎」さんについての豆情報記事です。

昭和30年代後半までランプでの生活が続いていたそうです。当時は観光・秘境ブームでもあり、メディアに取り上げられ、「ランプの下でこけしを作る名人」として紹介され、たちまち有名になりなっていきました。その後、戦後のこけしブームの時代(昭和40年代)を支えた代表的なこけし工人の一人の数えられ人気を博していきました。

また、熊撃ちも得意あったというエピソードも残っています。

略歴

1906:木地師であった小椋久四郎、キクの二男に生まれる。

1925:この頃にはすでにこけしを作っていたことが目撃されている。

1931:古関ミヨと結婚する。長男の宏一氏が生まれる。

1933:父の久四郎工人が没する。以後、家督を継承する(長男である兄の富蔵氏はすでに亡くなっている為)。

1941:応召。弘前の野砲隊に入隊する。

1998:没。

継承

系統は木地山系に分類されます。

師匠は父である久四郎工人。そして弟子には長男の宏一工人や孫の利亮工人がいます。

作品

小椋久太郎
前垂れに横見梅を描いた作品

こちらは、緑、赤、黒の三色で前垂れに横見梅が描かれていますが、晩年の作品を見ると緑が省略され赤と黒の二色で描かれた作品が多く見受けられます。

また、使用した材の特性部よるものなのか不明ですが、上から見ると頭部に筋がある作品も多いです。

久太郎工人の署名
久太郎工人の署名

今回の記事は木地山系こけし工人「小椋久太郎」さんについての豆情報でした。少しでもお役に立てれば幸いです。また、今後、新たな情報が入手出来次第、加筆していきたいと思います。最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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