奥山喜代治(1905~1972)

略歴

1905:山形県村山市(旧北村山郡大久保村)で生まれる。

1921:肘折へ行く(17才)。運七より木地挽を習う

1923:奥山運七の養子となる。最上木工場へ入る。

1929:最上木工場が閉鎖される。(木工所が閉鎖された後は、養父の運七と共に温泉土産として、こけしや木地玩具等を制作した)

1933:長南ハツエと結婚する。

1934:長男の庫治が生まれる。

1938:北海道へ出稼ぎに行く。

1939:肘折へ戻る。6月、養父の運七が没。

1941:1946年までほとんど木地を挽かずに炭焼きを生業とした。(1943年の一定期間のみこけしを制作されたそうです)

1947:山仕事に従事する傍ら、仕事のできない冬の間に少しづつこけしを制作すよう様になる。

1965:ほぼ木地師を専業とするようになり、こけしの制作も本格的に再開される。

1972:1月15日没。享年68。

継承

肘折系

師匠は養父である奥山運七工人。

弟子に長男の庫治(1934~2008)工人がいます。

作品

奥山喜代治
喜代治 53才 1958年頃の作品
奥山喜代治の署名

喜代治工人の署名

晩年の作品

参考資料・書籍として、中屋惣舜氏による「年代鑑別点」「手絡の変化」(こけし手帖・69号)等があります。

今回の記事は肘折系こけし工人「奥山喜代治」さんについての豆情報でした。少しでもお役に立てれば幸いです。また、今後、新たな情報が入手出来次第、加筆していきたいと思います。最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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