【秋田県の民芸品】中山/八橋人形他・秋田の郷土玩具を紹介します

今回は秋田県で作られている郷土玩具や伝統工芸品について紹介していきます。

秋田県の郷土民芸玩具

ベラボー凧

ベラボー凧の特徴

頭巾をかぶり、大きな目の周りを赤く塗りつぶし舌をだすという、妖怪にも似た風貌を持つベラボー凧(男と女の二種類)というものがあります。

特に大きな違いはないようですが秋田と能代の二か所で作られています。

八橋人形

八橋人形
ニワトリ一対

秋田市内の八橋本町で作られていた土人形です。昭和の終わりごろまで「道川トモ」さん「高松茂子」さんの二人が作られていました。

元々100種類ぐらいの型があったそうですが、そのうちの20種類ぐらいが主に作られていたようです。

18世紀末に京都伏見の人形師が伝えたのが始まりとされています。初期の江戸から明治期ごろまでの作品には伏見人形の影響が強く出た華やかな人形だったそうです。その後、ずっしりとした素朴感のある土人形へと変化していきました。

御殿まり

御殿まり

本荘市で作らている手まりです。ここの毬は、ゼンマイ(植物)の先端の綿を芯にして木綿の色糸でかがって作られます。

イタヤ細工

イタヤ狐

角館の雲然集落は、イタヤカエデの若木の幹を帯状に裂き、それを竹と同じように編み込む「イタヤ細工」で知られています。

もともとは、農具を作っていました。その製法で作られているのがイタヤ細工の親子馬です。また、太い幹を分割して狐の形にしたものがイタヤ狐です。

中山人形

秋田 中山人形
樋渡義一作

明治初期、樋渡ヨシさんが義父の野田宇吉さん(肥前・鍋島藩の陶工)から粘土細工を習い、瓦や煉瓦を焼くかたわら副業として地元の姉様人形手押しや横絵を元に中山人形を作り出したのが始まりとされています。その後、歌舞伎や地元風俗等、型の種類を増えその数はおよそ五百とも言われています。

昭和54年には、この中山人形のの土鈴が年賀切手の図案に採用されています。

木地山系こけし

木地山や川連を中心として継承され発展してきたこけしです。詳しくは別記事がありませのでご覧下さいませ。

その他にも、しんこ細工や梵天奉納祭りで売られるぼんでこ(祝儀棒)や廃絶玩具の小坂土人形などがあります。

秋田の工芸品

楢岡焼

楢岡焼

秋田県大仙市南外の地域では、独特の群青色の海鼠釉が特徴の「楢岡焼」が作られています。

江戸末期に創始された民窯で、昭和初期には益子の「濱田庄司」氏が指導を行ったそうです。

その美しい鮮やかな群青には心が惹かれます。おススメの陶器です。

白岩焼

白岩焼

秋田県仙北市白岩で焼かれている焼物です。18世紀後半に脇田で初めての窯元として創始されたそうです。その後、藩の重要な産業として発展していきました。

しかし、1900年頃に一度その火は途絶えてしまします。そして、70余年の月日が経過し「和兵衛窯 」によって復興され現代へと受け継がれています。

深い青の発色が魅力的な陶器です。楢岡焼同様に、日々の暮らしにぜひ取り入れて頂きたい陶器です。

樺細工

樺細工(桜皮細工)秋田県の伝統工芸品です

秋田県角館で作られている木工芸品に樺細工(桜皮細工)があります。

18世紀末期に秋田県北部の阿仁地方から技術が伝わり、下級武士の副業として発展していったそうです。

現在では、その技術を応用し、伝統的のものからモダンなものまで、様々なアイテムが作られています。伝統工芸品にも指定されています。

大館曲げわっぱ

大館 曲げわっぱ

日本有数の銘木として知られる「秋田杉」を使った曲げ物細工です。

秋田杉を薄く削り、曲げの細工を施し、桜皮で縫い合わせるという技法で作られています。

現代のライフスタイルに合わせて、様々な種類のアイテムが作られいます。

川連漆器

川連漆器・昭和51年に秋田県の伝統工芸品の指定されました。

はじまりは鎌倉時代とされ、本格的に碗などの生活用具作られるようになったのは江戸時代中期の頃からと言われています。

秋田県内の川連・大館・三梨を中心に発展してきました。昭和51年に伝統工芸品に指定されています。

秋田銀線細工

秋田銀線細工

0.2㎜程の純銀の線を縫い合わせて作られるとても繊細な細工物です。

江戸時代にポルトガルよりその技術が平戸に伝わり、それが秋田へと伝わり発展してきました。美しい銀細工です。

以上が秋田県の郷土玩具や民芸品についての解説でした。最後までお付き合いくださりありがとうございました。また別の記事でお会いしましょう。